2012年4月21日 シンポジウム
「『東日本大震災から1年 外国人被災者の「現住所」』」報告と資料
4月21日、東北学院大学土樋キャンパス・押川記念ホールにて、「シンポジウム 『東日本大震災から1年 外国人被災者の「現住所」』」が開催されました。
当初250名ほどの参加を見込み準備を進めてきましたが、それを超える多くの方が参加してくださりました。
シンポジウムは盛会のうちに、無事終えることができ、議論も実り多いものとなりました。
ご足労下さった皆さまには、心から感謝をいたします。
以下のリンクにシンポジウムの資料を掲載させていただきます。
クリックいただきまして、ご覧いただければと存じます。
(2012年4月24日 阿部 記)
東北ヘルプ公開シンポジウム
東日本大震災から1年・外国人被災者の『現住所(ヒョンジュソ)』
来る2012年4月21日(土)に、外国人被災者支援に関するシンポジウムを、東北ヘルプ主催にて開きますので、以下にお知らせいたします。
どなた様もどうぞお出でください。
(2012年4月12日 阿部・記)
◆◆◆◆ 東北ヘルプ・公開シンポジウム◆◆◆◆
『東日本大震災から1年・外国人被災者の「現住所」』
メッセージ
東日本大震災の2011年3月11日、被災地には7万5000人以上の外国人が暮らしていました。しかし私 たちは、彼ら彼女らの安否と「現住所」を、まだ断片的にしか知りえていません。
「仙台キリスト教連合被災支援ネットワーク(東北ヘルプ)」は、昨年9月、国内・海外のキリスト教会 などからの支援を受けて「外国人被災者支援プロジェクト」を設置し、宮城県や福島県、岩手県に住む移住 女性の調査を開始しました。
そして2012年4月、仙台に「外国人被災者支援センター」を設置して、被災地の市町村・国際交流協会・ NPO・教会関係機関の働きと連携しながら、調査・支援活動の輪をさらに広げることにしました。そのた めに4月21日、シンポジウムを開催します。
第一部では研究者たちの報告を受けて、第二部では国際交流協会やNPO、研究者からの提案を受けて、 震災から1年たった私たち市民社会の課題を整理し、国内外に発信していきます。
記
日 時 :2012年4月21日(土) 午後2時から5時30分
会 場 :東北学院大学 土樋キャンパス 押川記念ホール
資料代 :500円(学生無料)
第一部 報告 「外国人被災者の現住所」
報告者
・吉富志津代(大阪大学グローバルコラボレーションセンター/NPO法人FACIL) 「被災者がだれも排除されないために――経験はどのように活かされるのか」
・松岡 洋子(岩手大学国際交流センター) 「『差異』を認める社会を支える言語教育の可能性」 ・李 善 姫(東北大学国際高等研究教育機構) 「東日本大震災における媒介力と外国人女性のエンパワーメント」
第二部 討論 「外国人被災者支援のこれからの課題」
<コーディネーター>鈴木江理子(国士舘大学/移民・ディアスポラ研究会)
<パネラー>・大村 昌枝(宮城県国際化協会)
・菊池 哲佳(仙台国際化協会)
・西上紀江子(国際ボランティアセンター山形)
・郭 基 煥(東北学院大学経済学部共生社会経済学科)
主催:東北ヘルプ・外国人被災者支援プロジェクト実行委員会
協力:東北学院大学災害ボランティアステーション
3月25日 「幸せ日本語研修コース」開講式
東北ヘルプは、外国人被災者への支援を進めています。
これまでの外国人被災者支援は、被災された外国人の方の元に出向き、お話しを伺わせていただいてきました。
これは、東北では農業、水産業などのご家庭を中心に、多くの外国人の方、特に女性の方が国際結婚をされ、そこで被災されているという、東北の地域的特性から生まれる問題を正確に知り、個別の案件に対応するために始まったものでした。
その中で「外国人妻」の方が被災地で暮らすとき、多くの困難があること、そしてその困難は大きく二つの問題が原因となっていることに、わたしたちは気づかされます。一つは言葉の問題、そしてもう一つは文化の問題です。
震災のような緊急時には、周囲と緊密なコミュニケーションを取ることと、行政などが発信する情報を正しく受け取ることが必要になります。ですが国際結婚をされたご家族では、家族内、ご親戚の方々との間で、言葉の問題によって十分なコミュニケーションをとることができず、生活文化の違いに多くの方が戸惑い、不和が生まれたのでした。震災から一年が経ち、被災の苦しみが増す中で、緊急時に生まれた戸惑いと不和の多くは、解消されることなく、ますます深刻なものとなっています。
東北ヘルプは、被災された方と共にこの問題に向き合いたいと考えます。目標は、国際結婚をされた外国人被災者のご家庭が円満であることです。その目標には、言葉の壁を乗り越え、互いの文化を理解し、敬意を払いあうことで近づくことができます。
そこで、国際アカデミーランゲージスクールさま、金南植さまにご協力をいただき、従来とは違った分野での支援活動をスタートさせました。それが「幸せ日本語研修コース」、在日外国人配偶者対象の日本語学習講座です。
この日本語研修コースは、仙台純福音教会大崎支聖殿(大崎市純福音教会)を会場として、週2回の予定で行われます。去る3月25日にこの研修コースの開講式が行われましたので、ご報告いたします。
式は祈祷で始まりました。東北ヘルプ理事・三枝師と、国際ランゲージスクール校長の坂口先生が挨拶をされ、研修コースへの思いを語ってくださいました。
その後、共に賛美歌を歌い、楽しいひと時を過ごしつつ、これからの学習が一人ひとりの幸せへと繋がるものとなることを願いました。
研修コースは、すでに3月27日からスタートしています。担当のランゲージアカデミーさまからの申し入れで東北の方言講座も取り入れました。また言葉だけではなく、日本の文化や風習などへの学習も予定しています。ご家族の方にも、配偶者の母国の簡単な言葉や文化を知っていただくような、交流プログラムを予定しています。そのようにして互いに言葉と文化を分かち合える学習講座を目指しています。
どうぞ、この働きがこれからも良いものとなりますように、祈り、支えてくださいますことをお願いいたします。
最後に、開講式の中で読まれた、受講生の宣誓文をご紹介させていただきます。
(2012年4月5日 李・阿部記)
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宣誓
私たちは、大崎市に住んでいる、多文化家族の一員として、
東北ヘルプが主催する、第一回幸せ日本語研修コースを通じ、
夫の国と私たちの国の文化をお互いに尊重し合う機会とし、
これから私たちの生活がますます豊かになり、恵みがあふれ、
いつも笑顔がこぼれる家庭として、新しく生まれ変わることを宣誓いたします。
2012年3月25日
大崎市古川地区 第一回幸せ日本語研修コース 受講生代表
3월25일 「 행복 일본어 연수 코스 」 개강식
동북 헬프는, 외국인 피해자의 지원을 하고 있습니다.
지금까지의 외국인 피해자 지원은, 피해받은 외국인에게 찾아가, 이야기를 들었던것입니다.
동북에서는 농업, 수산업등의 가정을 중심으로, 많은 외국인이, 특히 여성분들의 국제 결혼을 하신, 그곳에서 피해를 받은 동북 지역적 특성에서 나온 문제를 정확히 파악하여, 개별적 조건에 대응하기위해 시작한것입니다.
그중에 「외국인 부인」이 피해지에서 생활할때, 많은 곤란이 있고, 그 곤란은 크게 두가지 문제가 원인이 있다는것을 우리들은 알게 되었습니다. 하나는 언어 문제, 그리고 또 하나는 문화적 문제입니다.
지진과같은 긴급시에는, 주위와 밀접한 관계를 가지고, 정부에서 발신하는 정보를 정확히 이해하는것이 필요하게됩니다. 그렇지만 국제 결혼을 한 가정은, 가정안에서, 친척 간에, 언어의 문제로인해 충분한 코미니케이션을 가질수가없고, 생활속 문화의 차이에 혼동되고 불화가 발생하게됩니다. 지진발생후 1년이 지나, 피해의 괴로움이 증가함에따라 긴급시에 발생한 혼동과 불화는 해소되지않고 더욱더 심각한 상태가 되었습니다.
동북 헬프는, 피해자와 함께 이 문제를 타결하고자 합니다. 목표는 국제 결혼을 한 외국인 피해자의 가정을 원만하게 하는 것입니다. 그 목표는 언어의 벽을 넘어, 서로의 문화를 이해하고, 경의를 가질수있도록 하는것입니다.
그곳에, 국제 아카데미 랭기지 스쿨과 협력하여, 종래와는 다른 분야에 지원활동을 시작하였습니다. 그것이 「행복 일본어 연수 코스」 재일 외국인 배우자 대상의 일본어 학습 강좌입니다.
일본어 연수 코스는, 센다이 순복음교회 오사키 지성전(오사키 순복음교회)를 교실로 매주 2회 예정으로 실시하고 있습니다. 3월25일에는 이 연수코스 개강식이 이었기에,보고를 드립니다.
개강식은 기도로 시작하였습니다. 동북헬프 이사 사이구사 목사님과 국제 아카데미 교장 사카구치선생님의 인사에, 연수 코스의 의미를 말씀하여 주셨습니다.
그리고, 함께 찬송가를 노래하고, 즐거운 시간을 보내며, 앞으로의 학습이 한사람 한사람의 행복으로 연결됨을 기도하였습니다.
연수 코스는, 3월27일부터 시작하였습니다. 담당하고있는 국제 아카데미의 의견을 통해 동북 사투리도 공부속에 넣었습니다. 그저 언어만이아닌, 일본 문화와 풍습등의 학습도 예정하고 있습니다. 가족분들도 배우자의 간단한 모국어와 문화를 알게하기위한, 교류 프로그램을 예정하고 있습니다. 그와같이 서로의 언어와 문화를 공유하는 학습강좌를 지향하고 있습니다.
부디 이 활동이 앞으로도 좋은 열매를 맺을수있도록 기도와 응원을 부탁드립니다.
끝으로, 개강식중에 읽었던, 수강생의 선서문을 소개해 드리겠습니다.
(2012년 4월5일 이 정임・아베 씀)
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선서
우리는 오오사키시에서 사는 다문화 가족의 일원으로서,
동북 헬프가 주최하는 제1회 행복 일본어 연수 코스를 통해서,
남편의 나라와 저희 나라의 문화를 서로 알고, 존중하는 계기로 삼아,
우리들의 가정생활이 더욱 풍성하고 은혜가 넘치며,
항상 웃음꽃이 넘치는 가정으로 거듭날 것을 선서합니다.
2012년 3월25일
오오사키시 후루카와 지구 제1회 행복 일본어 연수 학생대표
「外国人被災者支援センター」の機構と職務
私たちは、4月のフルオープンを目指して、「外国人被災支援センター」の準備を進めてきました。前回の記事では、このセンターの名称に込められた意味をご説明申し上げました。今回は、このセンターがどんな役割を担うのかをご説明するために、具体的な機構と職務について、ご報告したいと思います。
1.「外国人被災者支援センター」のイメージ
「外国人被災支援プロジェクト」の運営委員会は、毎月2回、仙台で開催されます。東京などから「外キ協」の皆様が、仙台においでになり、毎回6時間程度の会議を行うのです。
その会議において、9月から12月まで、調査の報告と救援のための議論が行われました。その議論の中で、私たちは、宮城県を中心として、東北地域と外国人の関係について、多くのことを学びました。
その議論を基に、「センター」を立ち上げるに当たり、運営委員会は、「私たちは何をしないか」についての合意を獲得しました。その合意は、次の3点にまとめられます。
しないこと、その1:建物を建てない。
しないこと、その2:中央集権的な組織を作らない。
しないこと、その3:「官制NGO」的な仕事はしない。
その結果、①センターは「東北ヘルプ事務局」内のスペースに設置することとし、②基本的にはセンターの職員(相談員)が調査活動をするための情報集積をその任とし、③外国人被災者の支援のために創造的に活動するためのセンターとなる、というものが、このセンターのイメージとなりました。
2.「外国人被災者支援センター」の組織
「外国人被災者支援センター」は、「外国人被災者支援プロジェクト」運営委員会の下に置かれます。運営委員会が方針を立て、センターが実行する関係です。運営委員会は、「外キ協」「東北ヘルプ」に対して責任を負っており、「外キ協」と「東北ヘルプ」は、活動資金の提供者であるドナーに対して責任を負います。
3.「外国人被災者支援センター」の職員
上記のイメージと組織に基づき、センターの職員が公募されました。
「東北ヘルプ事務局」内にセンターが設置されることになりました。「東北ヘルプ事務局」は宮城県内にあります。したがって、このセンターが扱う外国人の人権問題は、宮城県の歴史的な経緯を踏まえて新しく創造されなければなりません。
私たちの調査によると、宮城県の外国人を取り巻く状況は以下のような推移を見て現在に至りました。
(1)かつて、農家の「花嫁」を求める活動の一環として、「青年の船」という企画があった。この企画は、日本人青年男女が船で世界各地を行き巡り、研修を重ねる過程で出会い、あるいは結婚する(かもしれない)、という企画であった。
(2)しかし1970年代に、この「青年の船」事業は、主に参加者(とくに女性参加者)の不足によって終了を余儀なくされた。その頃、日中友好の機運が盛り上がる。この気運を活用し、海外(アジア)から「花嫁」を求める国際結婚の運動が、主に宮城県内陸部農村地域で開始されるようになる。
(3)国際結婚は順調に件数を増やして行く。そのうちに、有料の仲介業を行う専門業者が参入するようになる。それにつれて、さらに国際結婚数は増加し、そして、さまざまな「問題」が起こるようになる。
(4)市町村は、続発する「問題」に対応するために、先に来日して地域に溶け込んだ「外国人妻」の方々を臨時職員として雇用する。この方々が相談役として機能した結果、多くの「問題」は初期の段階で解決を見ることができた。
(5)市町村合併の動きに伴い、上記の臨時職員は解雇されることとなった。結果、新たにやってくる「外国人妻」の方々の相談役が不在となり、「問題」は深刻化することになる。
(6)上記の状況の中で、震災が起こる。被災前から孤立しがちであった「外国人妻」(その多くは日本語を十分に使えないのです!)が、いよいよ、苦しむことになっている。
私たちは、上記の経過に鑑み、かつて市町村が臨時職員として雇用していた「相談役」の役割を、センターの職員によって代替できないかと考えました。そして、面接を行い、7名のパートタイム職員を雇用させていただくこととなりました。
この職員は、「相談員」の役割を負います。その職務は、以下の三つにまとめられます。
a. 厳守事項として、「待つ」こと:相談窓口のあることを外国人に知らせ、あとは待ちます。こちらから何かを押し込むことは厳禁です。それが物資であれ、サービスであれ、親切であれ、あるいは「福音」であれ、こちらから押し込むことは、厳禁とします。
b. 努力目標として、「創る」こと:待っている相談員に、相談の連絡があった場合には、その方への支援を、常に新しく創り出すよう努力します。既存のどんなパターンも、そこに当てはめてはいけません(そうすると、必ず失敗します)。ですから、必ず「報告・連絡・相談」を徹底し、センターの衆知を集めて、その相談にふさわしい「新しい支援」を、常に、作り出すように、相談員には努力していただきます。
c.センターからの依頼として、「祈る(思う)」こと:相談が来た場合にすぐ行動できるよう、「待つ」あいだ、被災地のことを思い続けるように、センターとして相談員にお願いしています。宗教をお持ちの相談員は、被災者のために祈ってくださいと、お願いします。ただし、決して見せびらかすことなく、一人で、あるいはセンターの関係者と共に、真剣に祈ってくださいと、申し添えます。そして、宗教をお持ちでない相談員には、被災地を考え続け、誰かと被災地のことを話し続けるようにと促します。これは個人の内面の問題ですから、業務命令として語ることはできません。ただ、業務を遂行するために、各個人の自主性に任せるべき事柄として、この「祈ること(思うこと)」をお願いすることとしています。
以上の業務を遂行する職員として、7名が雇用されました。この7名が、「外国人支援プロジェクト」運営委員を補佐します。そして、この7名の活動報告に従って、運営委員会の責任で、具体的支援の方針が立てられます。そしてその方針に従って、実際の支援が、センターの職員によって遂行されます。
4.実際の支援
毎週一度、センターの職員は集まり、報告会を行います。運営委員はそこに可能な限り参加します。また、報告は、ネットを使って運営委員に共有され、支援の検討は随時行われます。
以上が、「外国人被災者支援センター」の機構と職務の報告となります。
現在、毎週の報告に基づき、一つの支援プロジェクトが開始されようとしています。その支援については、次の記事でご報告できることでしょう。今回は、支援センターの具体的な内容について、ご報告しました。
報告を終えるに当たり、最後に、お願いがございます。
この支援センターの働きは、絶望しかけている一人一人に寄り添うという、重く辛いものです。それを担う職員一人一人のために、どうぞ、お祈りください。遠くからの応援と励ましの支援がなければ、この職責は担えないものと思います。どうぞ、ご加祷くださいますよう、お願いを申し上げます。
「外国人被災者支援センター」開設に向けて
「東北ヘルプ」は、2011年9月以来、「外国人被災者支援プロジェクト」に取り組んできました。このプロジェクトは、「外キ協」様と「NPO法人 笑顔のお手伝い」様との共同プロジェクトです。
私たちは、3ヶ月の調査を経て、支援の具体案を纏めました。それは、「外国人被災者支援センター」を作る、という企画に結晶しました。
宮城県を中心に考えた場合、「外国人」の人権に関する問題は、主に、「外国人妻」にかかわるものでした。
宮城県の中央部には、広大に広がる平野があります。そこに、「外国人」の大多数がお住まいです。多くは、「農家の後継者不足」問題をきっかけに、海外から「花嫁」としておいでになった方々です。
この方々は、震災前から、多くの問題に直面していました。そして今、震災が起こりました。そしてこの方々は、今、以前にも増した窮境に置かれています。
「被災者支援」とは何か、ということが、ここで、問い直されます。地震と津波で自宅を倒壊させられた人々“だけ”を支援することが、「被災支援」でしょうか。私たちは、議論の中で、「そうではない」と結論付けました。
震災は、東北地方太平洋岸全域に大きな影響を与えました。物理的な破壊によって多くの職場は失われ、深い恐怖によって人々の心は痛めつけられ、新しい生活を強いられることによって、人々は皆共に、深く戸惑っています。
そうした中で、震災前に弱い立場に追いやられていた人々が、最初に苦しむことになります。その人々は、叫び声をあげることもできない程に、深く暗い淵の底で、静かに痛んでいます。たとえば、「外国人妻」と呼ばれる人々の状況は、その典型となります。
震災によって、直接に、建物が破壊され、人命が失われました。これは、「直接的な被災」です。そして更に、その後、インフラ・人材の大きな欠損が、それまでの「弱者」を追い詰める。これは、「間接的な被災」と呼べるでしょう。私たちは、この「間接的な欠損」にも、支援の範囲を広げるべきだと考えました。
なぜ、「間接的な被災」まで、支援を広げるべきなのでしょうか。それは、単に「かわいそうだから」というだけの動機に基づくのではありません。もちろん、困窮の中に絶望しかけている多くの方々の報告を受けますと、胸の痛む思い・腸(はらわた)の引き裂かれるような思いがします。しかし、それだけが動機ではありません。むしろ、もっと積極的な、もっと前向きな理由が、「間接的な被災者」への支援にはあると、そう考えています。
今、被災地は「復興」の呼び声高く、土煙を上げて蠢動しています。ここで、私たちは翻って考えました。この「復興」が、よいものとなるためには、どうすればよいのか。そのヒントは、声を挙げられない程に小さくされた人々の足元にあるのではないか。なぜなら、そこにはきっと、復興に向けた矛盾が凝縮しているから。
だから、私たちは、例えば「外国人妻」の人々と出会いたい。その方々が身を挺して、私たちが気づかない深い問題を、体現しておられる。聖書の神様はきっとそこにおられて、私たちを待っている。だから、私たちは、「間接的な被災」に苦しむ人々と出会いたい。私たちは、たとえば「外国人妻」に出会うことで、きっと、私たちの社会が解決できずにいる積年の根深い問題を知らされる。
そこから私たちは、復興全体への深い洞察を得ることになる。そこ以外では得られない洞察を、得られる。もし私たちが「間接的な被災」の苦境に支援をさせていただける機会を得るなら、きっと、私たちは、復興全体のために不可欠な洞察を、神様から与えられる。
そのようなことを、「外国人被災支援」という枠組みの中で、望見しています。次回から、このビジョンへ向けた具体的な取り組みとしての「センター」について、ご案内したいと思います。
(2012年3月4日 川上直哉 記)
私たちの「外国人被災支援」
東北ヘルプは、「外キ協」様と「NPO笑顔のお手伝い」様と共働して、「外国人被災者支援プロジェクト」を推進しています。
私たちがこのプロジェクトで「外国人」という言葉を使う時、それは、「外国にルーツを持つすべての人」を意味しています。
私たちと協働してくださっている「NPO笑顔のお手伝い」様は、12月まで、南三陸町の仮設住宅全てを回るという調査活動をしてくださいました。以前、このページでご案内した「希望のお米」プロジェクトは、その調査活動のために考案されたものでした。
「NPO笑顔のお手伝い」の理事長・千葉さんが、雑誌に寄稿されました。被災地を回りながら、震災以前に感じていたことを、改めて強く感じておられるようです。私たちは、この千葉さんの思いを共有しています。その思いを、皆様にもお伝えできればと願い、以下にその内容をご紹介いたします。
(2012年2月8日 川上直哉 記)
国際結婚問題の現状と課題
-外国人妻の地域コミュニティにおける共生-
NPO法人笑顔のお手伝い
理事長 千葉義信

『福祉のひろば』vol.143(通巻508号)
2012年2月1日発行より引用
「あんだは何時(いつ)まで居んの?どうせその内、居なくなんだべ!」
この様な言葉が、外国人妻達が嫁いでくると、地域では囁かれていました。
彼女たちは、故郷を捨て、この日本で生きていこう、自分の幸せを求めて、覚悟を持って訪日しました。彼女達の大部分の嫁ぎ先は、嫁不足に悩む農漁村部でした。しかし、そこには、彼女達を受け入れようとする温かさはあったものの、依然として、外国人妻を異質なものとしてみる閉鎖的な側面が根強く、彼女達は、地域のコミュニティに参加できず、孤立しがちになっている事例が多くみられました。それどころか、彼女達が、詐欺や子供の連れ去り等、一部の人達・不徳の斡旋業者と同様なものとして、見られていたことさえあります。
私達、NPO法人笑顔のお手伝いは、この国際結婚問題に絡む離婚問題や訴訟、さらには地域コミュニティへの参加にかかるアドバイス等を中心に活動を展開して参りました。
そのようななか、2011年3月11日の東日本大震災が発生しました。
NPO法人笑顔のお手伝いは、被災後まもなく、被害の大きかった沿岸部を中心に、「仙台キリスト教連合被災支援ネットワーク(東北ヘルプ)」および「全国キリスト教連絡協議会(外キ教)」と供に外国人被災者の状況調査と支援を開始いたしました。
被災した、青森・岩手・宮城・福島・茨城の5県には、91,147人の在日外国人が住んでいました。そのうち、宮城県をみてみると、震災前に16,057人であった外国人数が14,507人になり、約1,500人の外国人が帰国したとみられています。
たとえば、宮城県第2の都市である石巻市では、震災前に約750人の外国人がおり、この度の震災で帰国したものは約200人、その大部分は水産加工場等で働く研修生です。この人数は、2011年11月18日に石巻市役所において確認した数字でありますが、一時帰国は多くみられたものの、外国人妻達の殆どが留まり、困難と立ち向かっている現状が明らかになりました。石巻市における外国人支援については、石巻市と協議中でありますが、行政と連携してアンケート調査を行い、それをもとに支援を実施する方向で進んでいます。
現在、NPO法人笑顔のお手伝いは、本吉郡南三陸町の仮設住宅を精力的に訪問しています。
南三陸町には、117人の外国人(内外国人妻は16人、永住者は43人)の所在が確認されています。この町は、平成17年に旧志津川町と旧歌津町が合併して成立した町でありますが、新庁舎、旧庁舎を含め、その行政機能がことごとく津波で流され、大勢の職員も殉職するなど、現在町役場そのものが仮設プレバブとなっている現状です。被災者の住む仮設住宅(60箇所、内2箇所は隣の登米市)もプレバブですが、宮城県の仮設住宅では、大部分で断熱材が施されていなかったため、その対策に追われています。
こういった事情から、行政では、仮設住宅内におけるコミュニティどころではないのです。
その様な中、我々は、仮設住宅を個別に訪問し、支援米(東北ヘルプの実施する「希望のお米プロジェクト」)を届けながら、外国人妻達の生活実態を調査しています。
以下に、そこでの具体的な事例を2つ紹介したいと思います。
中国人のCさんは、津波で最愛の日本人夫を亡くし、自宅も全て流され、残されたのは、彼女と子供2人(小学3年生・6年生)となってしまいました。
多くの中国人女性が、一時帰国するなか、彼女は子供達のことを考え、日本に残り、仮設住宅で生活することにしました。辛いことに夫は、生命保険等にも入っておらず、生活は困窮を極めています。
現在、民宿で一日5時間のパートをしていますが、生活費は全く足りていませんでした。子供の将来や家の事を考えれば、生活保護や育英資金等も考えていかなければならないのですが、彼女はその様な制度が有ることも知りませんでした。
フィリピン人のSさんは、津波で家を失い日本人夫も大怪我をし、働けなくなりました。
仮設で生活をしていましたが、町には雇用が少なく、外国人という点から職に就くことができないでいました。結局、3歳の子供を連れて他県へ出稼ぎに行くことになりました。2週間に一度仮設に戻るといった状態が続いております。
一方、仮設に住む外国人妻達で、今回の震災で逆に地域の人達と絆が深まったという方もいます。
宮城県では平成19年7月に「多文化共生社会の形成と推進に関する条例」が制定されていましたが、実際の生活面にまで浸透していたとは言い難いものがありました。そのさい、外国人と行政の間を結ぶパイプ役のようなものが不足していたのかもしれません。それが、地域であり、われわれNPOとなってくるのでしょう。具体的には、心の共生とともに、情報の共有が求められていると感じます。
仮設住宅訪問調査報告
私たち東北ヘルプは、NPO法人「笑顔のお手伝い」様と協力し、仮設住宅の訪問調査を進めてきました。
「笑顔」様は、実に熱心に、そして綿密に、調査活動を進めてくださいました。これまで、訪問した仮設住宅戸数は2000に及ぶといいます。
現在、外国人(外国にルーツを持つ人)が、仮設のどこにいるのか、その正確な情報を、私たちは持っていません。その情報がなければ、支援の計画も立たないのです。まず最初にすべきは、情報の収集となります。そのために、各仮設住宅を訪問して、状況を教えていただくこととなった次第です。
訪問は、手探りで始まりました。当初は、「外国人はいませんか」という質問をして、調査を進めました。しかし、「独居老人」「児童虐待」「障碍者」等についても、お伺いしなければならないと気づきます。そうした情報は、きっと、また別の支援のための基本情報となるでしょう。
今回、12月の調査活動報告を、特に「外国人」の情報に絞って、纏めていただきました。以下に、感謝をこめて、ご報告いたします。
(2012年1月26日 川上記)
「外国人被災者支援プロジェクト」活動報告
(12月01日~12月31日)
NPO法人 笑顔のお手伝い
12/02 南三陸町
平成の森仮設住宅(246戸入居)
千葉自治会長に支援米(60袋)お届け。
世帯数が多く居住者のコミュニティを取るのが難しい。自治会長は避難所の長がそのまま選任された。自治会費を月200円集めている。大きい仮設の為支援が敬遠されがちである。一人暮らし37世帯。障害者4名。外国人は住んでいない。
韮の浜仮設住宅(一期18戸入居)
自治会長(阿部さん)不在。居住の代表者の方に支援米(24袋)お届け。
近くに買い物の場所が無く、隣町の登米市まで片道一時間かけて買い物に行ってる。
外国人居住者は居ないが、地区に2名住んでいた。Aさん(中国)は家が全壊。Oさん(中国)一階浸水。両名とも在宅で地区に住んでいる。
細浦仮設住宅(18戸入居)
佐藤自治会長に支援米(20袋)お届け。
物資の支援はほとんど無い。地区優先の仮設の為コミュニケーションは問題無い。
外国人は居ないが、集落には住んでいる。Tさん(中国)は地区にて在宅。 ※急務の寒さ対策を行っています。
12/06 調査活動検討会(NPO笑顔のお手伝い)
12/07 調査活動検討会(NPO笑顔のお手伝い)宮城NPOプラザ
12/08 南三陸町
平松韮の浜仮設住宅(二期8戸・入居6世帯)
小野寺自治会長に支援米(6袋)お届け。
現在玄関に風防を施している。寒さ対策が後手にまわっている。
12/11 南三陸町
吉野沢私仮設住宅(再訪)
支援米の連絡先を見て電話有。私仮設の為支援の対象から外されている。
原因は賃貸ではなく、プレハブ購入した為。行政に支援要請をしてきたが、取り合ってもらえない。
12/13 共同運営委員会(東北ヘルプ)
12/15 仙台弁護士会
一番町法律事務所菊池先生訪問。
東北における外国人妻問題の検討会
12/16 宮城県山元町被災地視察(JR山元駅前○○商店訪問)
NPO笑顔のお手伝い協力者との打ち合わせ。
12/20 南三陸町
童子下仮設住宅(一期17戸入居)
佐藤自治会長に支援米(20袋)お届け。
一人暮らしが4世帯有るが問題無い。
少ない人数なのでコミュニケーションが取れている。寒さ対策は済んでいる。
自分たちで地域のコミセンを使用してコンサート等開催している。
入谷中学校仮設住宅(32戸入居)
西条自治会長(元町議)支援米(25袋)お届け。
一人暮らし外国人はいないが障がい者がおり、その為に3棟にスロープを設置。支援団体はあまり来ない。
モルタル造り。最初から断熱材が入り、二重サッシ。近くに小学校仮設が有るが交流等は無い。いろいろな所から集ったので、まとまるのが難しい。
桜沢仮設住宅(16戸入居)
高橋副自治会長に支援米(20袋)お届け。
地域でオクトパス君を作成・販売仮設には外国人2名がいる。2人とも中国人で仕事に就いている。お1人は自治会長夫人。
12/21 S先生(東北学院大学講師・石巻在住) K先生(大和町生涯学習課・石巻日中友好協会役員) K相談員(宮城県国際交流協会)O先生(中文学校講師)
中国人コミュニケーション設立に向けての検討会。
南三陸町
神割崎キャンプ場仮設住宅(31戸入居)
後藤自治会長に支援米(20袋)お届け。
地域優先で仮設に入居したのでコミュニケーションは良い。自治会としてクリスマス会を行う。一人暮らし世帯が二世帯有。
津の宮仮設住宅(20戸入居)地区自宅修復生活者(12)
後藤自治会長に支援米(25袋)地区生活者(12袋)お届け。
棟毎に班長制度を作り班長さんが棟毎に対応。地域優先仮設の為問題点は少ない。地域人は、県漁連を通してガレキ撤去作業があり、各世帯から一人の割合で職を得ている。
外国人妻のフィリピンのMさんが仮設に住んでいる。集落には中国からの水産加工の研修生2名S兄弟が住んでいる。一人暮らし一世帯。
志津川自然の家仮設住宅(81戸入居)
須藤自治会長に支援米(40袋)お届け。
自治会役員は30代の方々。パソコンを使用して活動している。地域優先の仮設ではなく大所帯なので、運営が大変である。
外国人妻中国Sさんが仮設に住んでいる。
12/22 江尻教授(東北福祉大学)
仮設住宅における諸問題の検討会。
12/23 南三陸町
山の神平仮設住宅(28戸入居)
吉田自治会長に支援米(18袋)お届け。
この仮説は町で唯一福祉仮設になっている。60仮設最後の仮設。10世帯にグループホーム18世帯を社会福祉法人に委託し運営されている。子供もおらず、高齢者の仮設である。
支援物資は福祉施設の方には渡るが仮設には来ない。12/22にやっと暖房器具が届いた。
童子下中の町仮設住宅(二期12戸入居)
佐藤自治会長に支援米(15袋)お届け。
会長は元役場職員。中年が多く皆仕事に就いている。小さい仮設なのでまとまり有。
入谷小学校仮設住宅(18戸入居)
三浦自治会長に支援米(20袋)お届け。
一人暮らしはいないが高齢者がいるので自治会で高齢者に声掛けをしている。プレハブ造りで断熱はやっと出来たばかり。障害者が一人いるのでそこにはスロープがついた。
12/25 南三陸町
波伝谷仮設住宅(21戸入居)
三浦自治会長に支援米(20袋)お届け。
集落には80軒程の家屋があったが、全て流された。敷地が狭く一棟一戸の造りがある。パソコンが有るので情報を流して支援を頂いている。
集落には外国人がいたが津の宮の仮設にいる。
高齢者の多くが皆水産組合で牡蠣剥きの仕事に就いていた。組合の方針が決まらないので、今後の生活設計ができない。
水戸辺仮設住宅(18戸入居)
松岡自治会長に支援米(18袋)お届け。
入居者は全て知り合い。高齢者が多くてコミュニケーション作りの為談話室を、ネットの呼びかけで作ることができた。
高校生が2人いて情報発信をしてくれている。
岩沢仮設住宅(38戸入居)
大森会長・鈴木班長に支援米(20袋)お届け。
皆仕事に就いていて、仮設でのコミュニケーション作りに力を入れている。談話室にパソコンなどを置いて情報発信をしていきたい。大家族がおり仮設から溢れて隣町にアパートを借りて住んでいる。
その分に関しては、全て自費になってしまう。
12/26 気仙沼本吉峯仙寺千葉住職(本吉日中友好協会会長)訪問
石巻日中友好協会との連携で中国人コミュニケーション作りへの協力依頼。
【中間報告談】
これまで四か月間外国人被災者の調査活動を行ってきました。特に11月からは「希望のお米」を持ち、南三陸町の仮設住宅を、支援をしながら、丁寧に調査してきました。私たちは日本人・外国人の区別なく希望のお米を届けながら皆さんの声を聞いてきました。外国人被災者は、その中で地域の人達と共生ができています。地域の方々は同じ境遇にある外国人と同じ目線で暮らしているように感じます。
しかしながら、被災した町は、社会の仕組み全てが崩壊し雇用がなくなりました。生活していくため雇用を求めて、隣の町や他県に行っています。町に住んでいる方々はこのことが一番の問題です。
特に外国人は就業が難しいのです。
今後この町で生活していくためには何が必要なのか?
夫を亡くし子供を育てていくにはどうしたらいいのか?
夫が津波・地震で被災し生計維持者としてどの様にしていけばいいのか?
外国人には、日本の法律も県の条例も難しいのです。行政の敷居は高いのです。
私たちは身近な存在として、外国人の隣にいたいと考えています。
外国人が住みやすい社会は、日本人にも住みやすい社会であることを信じて!
2012年1月12日
NPO法人 笑顔のお手伝い
千葉 義信
追記:現段階で、南三陸町の調査が一段落つきました。今後は、石巻地区・仙南地区に調査の場を移行していきます。
「外国人被災者支援」の調査に同行して
9月以来、「外国人被災者支援」の活動は継続し続けています。
この活動は、外キ教(全国キリスト教連絡協議会)から調査要請を受けた私たち「東北ヘルプ」が、NPO法人「笑顔のお手伝い」と協働して行うプロジェクトです。
今回、このプロジェクトの調査活動に、私・戸枝が参加しました。その様子をご紹介します。
調査は被災している外国人がどのような被害を受け、どのような状況にあり、どのような支援を受けているのかを調べることにあります。
個人情報の管理が厳しいなか、どこに被災した外国人がいるのかを調査しようとすれば、広範囲にわたる膨大な量の仮設住宅を一つ一つ訪ね、聞き取っていくしかありませんでした。
始めは怪しまれたり全然相手にされなかったり、空振りに終わることも多かったそうです。しかし、南三陸町に同行した11月の終わりには、すでに延べで120以上の仮設住宅を訪れることができました。
「石巻愛の教会」の支えや調査員・長野氏の人柄が幸いし、多くの方から理解を示してもえるようになっていたのでした。
この日はテニスコート仮設住宅にお邪魔しました。副自治会長の及川氏の協力を得て同行してもらい、「希望のお米プロジェクト」のお米(800g)を支援という形で訪ねた仮設ほぼ全戸に配布し情報の提供を呼びかけることができました。
及川氏は漁師です。ご家族7人は全員無事でしたが、家は流されてしまいました。8台あった車も、新車を含め全部だめになり、残念がっておられました。それでも、再生・復興への情熱をみなぎらせていました。
及川氏の協力のおかげで、行く先々で快く受け入れてもらいうことができました。「ああいう人がいると本当に助かります」と 、実感を込めて、長野さんが言った言葉が忘れられません。
「希望のお米プロジェクト」とは、約5合のお米を「粗品」としてお渡しし、コミュニケーションのきっかけにしようとするものです。このプロジェクトは、長野さんのアイデアからはじまったものでした。
このプロジェクトについて、長野さんは「当初から協力を得た頂いた愛の教会の手法を取り入れ、東北ヘルプに提案しました。お米は本当に皆さんに喜んでもらい自分も嬉しく、活動にも非常に役立っています」と語ります。
とりわけ、南三陸町の被災状況は、激しいままに残されています。そうした中で、外国人の被災状況は表に出にくく、その実態をすぐに把握することはも出来ません。しかし、少しづつ解ってきたことがあります。自治体の支援もボランティアの支援も受けていない、言葉も不自由、身寄りも無い、収入もない恵まれない深刻な状況に追い込まれている人が、何人もいると言いうことです。
私たちは今後も調査を続け、事業計画に従って、支援をしていきたいと思います。
どうぞ、ご理解とご支援とを賜りますよう、よろしくお願いいたします。
(2012年1月6日 戸枝・川上記)
希望のお米 プロジェクト
東北ヘルプは、他団体と協力し、「外国人被災者支援プロジェクト」を展開中です。
東日本大震災の被災地には、7万人を超える外国人が暮らしておられました。その多くは、所謂「外国人妻」と呼ばれる方々です。この方々の被災状況は、なかなか、見えてきません。そこで、学術研究者の協力を頂きつつ、調査員が戸別訪問し、私たちが聞き取り調査を進めることとなりました。
調査は、各地の仮設住宅を訪ねて回る、という、地味なものです。それは、仮設住宅の方々と人間関係を作り、信頼を得て、「どこに外国人がいるか」を教えていただき、そして支援のための調査をする、という、気の遠くなるような作業です。
仮設住宅への訪問は、NPO法人「笑顔のお手伝い」様が、ご担当くださっています。
「笑顔のお手伝い」の皆様は、長く「外国人妻」の人権問題に取り組んでこられました。その調査の中で、仮設住宅に居住される方々とのコミュニケーションを得、私たちはそこから豊かな報告を頂くことができています。
仮設住宅の方々は、「キリスト教の団体です」と名乗ると、一様に、歓迎し、感謝してくださるということです。「これまで本当にありがとうございました」と、開口一番、そう言ってくださるというのです。
その背景には、本当に苦しい思いをしてこられた皆様の体験があるのだと思います。そうした方々をご訪問し、情報を提供いただく。「手ぶら」でお邪魔することは、とても気が引けてしまうことだと、そう、「笑顔のお手伝い」の皆様は、会議で報告くださいました。
私たちは、話し合いました。「手ぶら」でお邪魔することへの申し訳なさがある。しかし、過剰な「お土産」は、かえってご迷惑となる。また予算も限られている(仮設住宅は数千軒という数で存在しているのですから!)。
――そして、一つのプロジェクトが立ち上がります。それは「希望のお米」プロジェクトと名づけられました。
仮設住宅の皆様にとって、最も便利で邪魔にならず、しかも「粗品」として受け取りやすいものは何か。それは「お米」だと思います。たとえば、お米を5合、袋に詰めて、そこに被災支援の情報を掲載し、支援活動へのご協力への感謝として、仮設住宅の皆様に「粗品」としてお渡しする。
そうしたことができれば、さらにコミュニケーションは円滑となり、隠れたニーズを掘り起こすことができるのではないか。そう考えました。
そこで、全国各地にお米の献品を呼びかけることとしました。「お米1キロ運動」として、その呼びかけを広めようと思いました。しかし、受け入れ側の態勢が整わない中では混乱が生じます。
そこでまず、試行段階として、山形の荘内教会様にご相談を申し上げました。同教会牧師・矢沢先生が教会付属の保育園保護者の皆様に呼びかけをしてくださいました。荘内教会保育園の皆様はチャリティーミニバザーを行い募金を集めてくださいました。そして保育園保護者会長・佐藤大輔さまが、庄内米160kgを届けてくださったのでした。
私たちは、そのお米の産地情報をラベルシールにし、感謝をこめて袋詰めの準備を整えました。
11月23日の祝日、東北学院大学の学生さんたちが11名、ボランティアとして集まってくださいました。事務局の長嶋主任の指示の下、お米が袋に詰められていきました。この一袋一袋が、被災者の希望になればと祈りつつ、朗らかに、作業は進められました。
これまで、私たち東北ヘルプは、他の団体にボランティアを紹介することを主な業務とし、自らボランティアを募集することはありませんでした。
今回、初めてづくしのこととなりました。今、神様が備えてくださったスタッフの大きな力によって、新しい展開を望見できそうな思いがしています。
庄内教会関係者の皆様、東北学院大学の学生諸賢、そして優秀なスタッフをお雇いするお支えをくださっている全国・全世界の皆様に、心から感謝しつつ、「希望のお米」プロジェクトの報告とさせていただきます。
(2011年11月26日 川上直哉 記)
外国人被災者支援 新しい局面へ
私たち東北ヘルプは、「外国人が暮らしやすい社会は、日本人にも暮らしやすい!!」をスローガンに活動をつづけられている「外登法問題と取り組むキリスト者全国連絡協議会」様と、「外国人妻」の人権問題に取り組んでこられたNPO法人「笑顔のお手伝い」様と協力し、「外国人被災者支援プロジェクト」を展開しています。
このプロジェクトの名前にある「外国人」という言葉には、説明が必要だと思います。
当初、このプロジェクトは「移住者支援プロジェクト」と呼んでいました。それを改め、今は「外国人被災者支援プロジェクト」と呼んでいます。その意味を、すこし、ご説明します。
東北地方には、たくさんの「外国人妻」の方がおられます。農家の「ヨメ不足」への対応として、本当に多くの方々が、海外からおいでになっている。もちろん、はるばるおいでになった方々です。人道的見地から言って、当然、万国普遍の人権が、お一人お一人に確保されなければならない。そして更に、その方々のなかには、日本国籍を取得された方もおられます。当然、「日本人」です。当たり前ですが、「日本国」が保障する全ての権利を主張し、尊重されねばなりません――私たちは法治国家に住んでいるはずなのですから。しかし、日本語に不自由されていたり、外見が違っていたり、少し違う文化を背景に生活されている、ただそれだけの理由で、いわれもない差別をお受けになって、苦しむ方々が、
多くおられます。とりわけ、被災地では、そうした差別が、非常にたくさん起こっている。そのことを、「日本人」の一人として、本当に心苦しく、悲しく、思っていました。
そして、「移住者支援プロジェクト」が始まりました。しかし、そのプロジェクト名には、大きな問題がありました。それは、「在日朝鮮・韓国人」への視線が欠けていた、ということです。本当に情けないことですが、大切な視線が欠けていたのでした。
1945年まで、朝鮮半島の方々は、否応なく「日本人」でした。しかし、敗戦の後、この方々を、「日本人」は「外人」として扱い始まめます(今に至るまで!)。それは全く理不尽なことだったと、その当時の「日本人」の孫として、私は、心から申し訳なく思っていました。しかしその問題への眼差しが、「移住者支援」という言葉の中には、抜けていた。そのことを指摘され、私は深く深く反省しました。
そして、私たちは議論し、「外国人」とい言葉を厳密に定義することとしました。つまり、「外国人」とは「日本国以外の国籍を持っている人」という意味ではなく、「外国(日本国以外のすべての国)にルーツを持つ人」と定義したのです。そして、「外国人被災者支援プロジェクト」という名の活動が始まりました。
既にこのホームページでご紹介した通り、その活動は既に始まっています。まず私たちは、「外国人妻」と呼ばれる方々が多くおられる、宮城県北部に調査を始めました。そして、沿岸部へと調査は広がっています。昨日、10月25日、運営委員会が開かれました。そこで、今後の展望が議論されました。
まず、既に支援を必要としている方々を認識し始めていますから、その方々への支援を始めなければなりません。そのために、心ある団体・個人各位の力を結集する必要があります。そのためのシンポジウムが行われます。11月8日午後3時から、エマオで、開催です。どなたでも、おいで下さればと願います。
そして更に、調査は県南へと展開することといたしました。福島県北部から宮城県南部にかけて、多くの「外国人」の方々がおられるということです。当然、その方々への支援の向こう側に、「放射能」の問題が見えてくる。必要とされる支援の規模は、いよいよ大きくなることでしょう。私たちは、少からぬたじろぎを覚えつつ、それでも進もうと思います。皆さまの祈りを必要としています。どうぞ、引き続きのご支援を願いつつ、以下にシンポジウムのご案内を申し上げます。お覚えくだされば幸いに存じます。
(2011年10月25日 川上直哉 記)
東北ヘルプは、NCC-JEDRO様・「外登法問題に取り組むキリスト者全国協議会」様・NPO法人「笑顔のお手伝い」と協力して、外国人被災者支援のプログラムを始めています。
昨日、現状報告会を行い、状況の検討を行いました。その報告書が出来上がりましたので、以下にご連絡します。
皆さまのご支援を頂き、少しずつ、「小さくされた人々」への支援を始めつつあること、そのことを、神様のお恵みと思って感謝しています。どうぞ、引き続きご加祷を賜りますよう、お願いいたします。
(2011年10月20日 川上直哉 記)
「外国人被災者支援プロジェクト」
◆◇調査経過報告書◇◆
2011年10月19日(水)
◇特定非営利活動法人 笑顔のお手伝い◇
1、調査経過の報告及び現在状況
- (1)調査活動(2011年9月初旬~10月初旬)
-
①仙台市の愛の教会を通じ韓国人移住者へのアンケートの配布
②仙台市・大崎市の外国人移住者への直接調査依頼
③石巻市前谷寺木村住職への協力要請
④大崎市光明寺伊藤住職への協力要請
⑤栗原市金成町全慶寺後藤住職への協力要請
⑥栗原国際交流協会への協力要請
⑦大崎市外国人相談センターへの協力要請
⑧気仙沼市本吉町峯仙寺千葉住職への協力要請
⑨気仙沼南三陸町歌津仮設住宅への直接訪問 - (2)現在状況
- 愛の教会を通じ50~60程のアンケートを配布しました。現在22名の韓国人被災者の方から回答が寄せられました。(※詳細は下記に記載)10/2に栗原市国際協会主催の「芋煮を囲んで国際交流」に参加、70名程の外国人妻・ご家族の方々と直接お話をしました。多くの外国人妻の方々は農家に嫁いでいますが、家の一部損壊が多く、行政や義捐金等の支援は受けていません。何とか自力で再建可能との事ですが、この地域の栗駒町では、ホットスポットで放射能の影響が出てくる可能性があり農家の方は、今後農産物に対する風評被害等を懸念し、生活の困窮に結びつかないか心配しています。また、参加していたフィリピンから移住してきた花山村在住のSさんは、震災でご主人を失い4人の子供を抱え今後の生活に不安を抱えています。
10/9に大崎市外国人相談センター主催の「国際交流フェスティバル」に
200名程の外国人妻・ご家族の方が参加されました。主催者側からブースをいただき、多くの方にアンケートを配布しました。
気仙沼地域においては、状況の把握が大変難しくなっています。未だに町の復旧ができておらず、多くの方が仮設住宅で暮らしています。気仙沼本吉の峯仙寺千葉住職はこの地域の日中友好協会の会長をされており寺の檀家にも7名の中国人のお嫁さんが来ているとの事です。この中国人の方々は、津波の被害を免れ、現在何とか生活をしています。
この地域には多くの外国人の方が来ており、現在どのような状況に置かれているか今後我々と協力し調査活動をする事になりました。
南三陸歌津の仮説住宅を、愛の教会の安宣教師と供に直接訪問しました。
平成の森や馬場仮設住宅には、フィリピンの方が避難していましたが、 震災後、旦那さんの仕事が無くなり、更に体を壊してしまい、3歳の子供を抱え一関市にて仕事をしています。また吉野沢仮設住宅では、小野寺自治会長さんとお会いさせていただき、韓国のAさんが住んでいる事がわかり、資料を渡していただきました。志津川地域にも多くの外国人が移住していますが、この地域には雇用もなく、県内の登米地区や岩手の一関にまで仕事を探しに行っているようです。
大崎市のイベントで話ができた、栗原市在住の中国人Sさんと話ができ友人の女川町にいる中国人の方が津波で家を失い旦那さんと仮設で生活しており、連絡をとってもらいました。さらに、栗原市在住の中国人Cさんともお会いし、この地域の中国人の動向を解る範囲で調査して頂く事になりました。
韓国人の動向は愛の教会のご協力や横の繋がりで何とか調査が進んでいますが、中国人の動向はやっと糸口が見えた状況にあります。
2、被災状況事例
(1)韓国人
仙台・塩釜地区
- ①仙台在住Hさん(66歳)
震災にて店が損壊し4月に閉店。夫日本人(76歳)も高齢者であり店の再建は不可能。35年在住。今後の生活が心配。子供1人。義捐金無 - ②仙台在住Pさん(40歳)
飲食店を経営していたが、震災後かなりの損壊がでて再開できず。
自宅も家財を中心に損壊した。12年在住。義捐金無 - ③仙台在住Kさん(57歳)
家の壁崩落・全家財損壊 一部損壊認定。夫韓国人(56歳)
息子(高校2年)30年在住。今後の再建困難。教育費困窮義捐金無 - ④塩釜市在住Pさん(57歳)
敷地の地盤沈下や下水管の損壊。屋根瓦の崩落。地盤沈下により家が傾く。大規模半壊認定。夫日本人(58歳)会社員。15年在住。
義捐金塩釜市役所52万円。
大崎・県北地区
-
①大崎市在住Pさん(64歳)
家屋が古く震災により損壊。一部損壊認定。田舎であり生活の為仕事を探したが、雇用状況が悪く無職。夫日本人(56歳)は会社員。
夫の母(81歳)弟(54歳)も同居。8年在住。高齢者の家族であり今後の生活が心配。義捐金無 - ②登米市在住Jさん(48歳)
家の天井崩落。全家財損壊。家の傾斜。未保険の為保障無。養鶏の鳥が全部死。一部損壊認定。夫日本人(51歳)今後の生活が大変不安。義捐金無 - ③大崎市在住Pさん(56歳)
家屋の壁の崩落。家財の損壊。農機具の損壊。一部損壊認定。
夫日本人(59歳)母(83歳)弟(56歳)。高齢者の家族であり今後の生活が心配。義捐金無 - ④遠田郡美里町在住Mさん(57歳)
韓国より8年前に移住。家を購入し、毎月の支払いが困難。雇用状況も悪く無職の為、生活資金がない。震災後の心労で15㎏の減少病気になるもお金がなく入院できず。自殺を図る。夫日本人(63歳)
義捐金無
県南地区
- ①柴田町在住Rさん(57歳)
震災後一週間避難所生活。屋根の瓦崩落。全家財損壊。一部損壊認定
日本人夫(56歳)無職。義捐金無 - ②岩沼市在住Sさん(43歳)
津波で家が流される。財産全て喪失。夫日本人(58歳)会社員
母(83歳)息子(3歳)義捐金有:国100万円 韓国80万円
岩沼市100万円 夫会社131万円 アパート暮らし 5年在住 - ③角田市在住Pさん(58歳)
震災前夫日本人と心配事も無く暮らしていた。震災後いきなり心労と風邪から夫が病気になり半年入院後9月に死去。今後一人どのように生きていけばいいのか心配。親類縁者との協議ができない。9年在住
情報:愛の教会より家を流された亘理在住の韓国人の方がいる情報提供有
(2)中国人
大崎・県北地域
- ①県北の国際交流協会のイベントで多くの方とお会いすることができました。この地域の方々は、一部損壊の被害は出ていますが、大きな災害には、至っていません。然しながら農業に嫁いだ方がほとんどで今後、風評被害等が起きた場合にどの様な生活環境になるのか、解りません。今後も注視する必要があると思われます。その中で、栗原市に住むSさんが地域のまとめ役として多くの中国人の方の実態をご存知でした。Sさんより多くの中国人の方々の情報を提供して頂く事になりました。その中で地域は異なりますが、女川町に住む中国人女性のご自宅が津波に流され、現在仮設住宅で生活を送っているとの事です。連絡を取っていただき、女川町を訪問する予定です。
また、築館町のCさんも地域のまとめ役として情報を沢山持っていました。石巻市で中華料理店を経営していた友人の中国女性が、津波で亡くなったとの事でした。石巻での情報をお持ちでしたので今後も協力をお願いし了承して頂きました。
(3)フィリピン人
大崎・県北地域
- ①栗原市花山村在住Sさん
震災後、夫の日本人を亡くされ子供4人と生活中。親類縁者との協議ができない。生活に不安。在留資格の件でも心配が有。 - ②南三陸町歌津仮設住宅にいたAさん
現在、夫日本人が震災後職を失い、病気になり家計を支えるため3歳の子供を抱え、一関市にて仕事に就く
2011年10月2日(日)栗原国際交流協会主催芋煮会
於:伊豆沼・内沼サンクチュアリセンター

韓国人・中国人・フィリピン人の宮城県栗原市に嫁いできた外国人のご婦人方とご家族の方70名程が参加されました。
気仙沼市

気仙沼湾よりキリスト教教会を望む。
この教会にはフィリピン人女性が集まっているという情報が入っている。

気仙沼市内の状況
南三陸町馬場仮設住宅

この仮設住宅には、フィリピン人妻が生活をしていた。津波に自宅が流された後、日本人夫が職を失い、また大病に罹り、3歳の子供をかかえているので、生活の糧を求めて岩手県一関市まで仕事をしに行っている。
南三陸町吉野沢仮設住宅

84棟の仮設住宅
韓国人妻Aさんが津波被害に遭い、日本人夫とともに入居している。
先日気仙沼の仮設住宅で、火災が発生してしまい、各避難所では反射板の付いた石油ストーブの使用ができないことになりました。高台にある仮設住宅では、冬に備えて今後の寒さ対策が急務です。
支援物資の配給風景

生活必需品・衣類の配布を行いました。今後冬に備えての早急な準備が必要です。
南三陸町志津川地区の状況

町営住宅の屋上には、いまだに津波にまきこまれた乗用車が放置されている。
志津川には多くの外国人移住者が生活していました。現在仮設住宅や、雇用を
求めて内陸に移動しています。
大崎市外国人相談センター主催 国際交流フェスティバル
(2011年10月9日開催)
私たち東北ヘルプは、「外登法問題に取り組む全国キリスト者連絡協議会(http://gaikikyo.jp/)」様・NCC-JEDRO(http://jedro.jp/ja/)様・NPO法人「笑顔のお手伝い(http://www.npo-egao.x0.com/)」様と連携し、「外国人被災者支援プロジェクト」を開始しました。
ここでいう「外国人」とは、「外国にルーツを持つ人」のことを意味します。
私たち「日本人」は、あるいは、気づかずに「外国人」に困難のしわ寄せを押し付けているかもしれません。あるいは、その自覚すらないことに、深刻な問題があるのかもしれません。
私たちは、まず、実態を調査し、可能な支援をできる限りお届したいと願っています。
そこでまず、以下のような文章を共有し、私たちの行動の目標としました。
皆さまのご支援によって、こうした働きが展開できますことを、心から感謝しつつ、ここにご報告をいたします。
2011年10月5日
川上直哉 記
私たちの緊急の共同課題
(作成=外登法問題と取り組む全国キリスト教連絡協議会(外キ協)事務局)
3月11日、東北・北関東の沿岸部を、地震と津波、原発崩壊事故が襲った。
被災した青森・岩手・宮城・福島・茨城の5県には、91,147人の在日外国人が暮らしていた。そのうち「災害救助法」が適用された市・町・村に住む外国人は75,281人となり、その内訳は中国27,755人、韓国・朝鮮12,199人、フィリピン9,617人、ブラジル7,270人、タイ3,859人……と続く。その居住地は、154の市・区・町・村の広範囲に及ぶ。
地震から6カ月以上経った現在でも、外国人被災者に関する情報を、私たちは断片的にしか知り得ない。
私たちは7月25~26日、「東日本大震災と外国人――日・韓・在日教会の宣教課題」を主題として、東京で第15回外登法問題国際シンポジウムを開催した。
そこで合意された共同課題を具体化するために、私たちは関係団体と協議しながら、次のような取り組みを開始した。
- (1)キリスト教各教派・団体、各宗教団体、各市民団体、各関係機関の支援活動の中で得られた外国人被災者にかかわる情報を共有する情報交換会を定期的に開催する。そのために11月8日、仙台でシンポジウムを開催する。
- (2)日本人と結婚あるいは死別し、孤立している移住女性に対して、精神的ケアと生活支援を行なう。カトリック教会のフィリピン人女性支援活動と連携しながら、とくに韓国人女性、中国人女性の実態調査とさまざまな支援活動を行なう。そのためにまず、外キ協と東北ヘルプ(仙台キリスト教連合被災者支援ネットワーク)との共同プログラムとして、調査活動を開始する。
- (3)外国人被災者の子どもに対する実態調査と就学支援活動を行なう。そのために、まず全国各地のNGO、NPO、研究者、学生の協力と参加を呼びかける。
- (4)被災した在日韓国・朝鮮人高齢者に対する実態調査と、継続的な生活支援を行なう。そのために、まず在日民族組織の協力と参加を呼びかける。
- (5)上記2~4のプログラムを年内に進め、来年3月には、それぞれ中長期プロジェクトとして開始できるようにする。




































